「どこがわからない?」
そう聞かれても、どこがわからないのかわからない。
そのような生徒は決して珍しくありません。
「ここまでわかった?」
「わかりました」
と答えていても、実際に問題を解いてみると手が止まってしまうこともあります。
だから私は、生徒の「わかりました」をそのまま受け取らないことがあります。
以前のコラムでも書きましたが、「わかりました」が本当に理解できたサインとは限りません。
「本当にわかった? じゃあ、これ説明してみて」
そう聞くと、急に戸惑った顔をする。
そんなときは、
「ここまではわかった?」
「これはどう?」
「この言葉の意味はわかる?」
と、一つずつ確認していきます。
すると、「ここまではわかっている。でも、ここからがわからない」という境目が少しずつ見えてきます。
私は、この「わからない」を見つけることも、講師の大切な仕事の一つだと思っています。
問題を解けることと、教えられることは違う
先日、小学生の生徒が、
「模試の直しをしたい」
と、算数の問題を持ってきました。
中学受験のハイレベルな図形の問題です。
ところが、肝心の解答・解説を忘れてきました。
個別指導Paletteで実施した模試ではなかったため、すぐに解答を確認することもできません。
その問題を一緒に見てくれたのは、勤務1年目の講師でした。
指導経験はまだ長くありませんが、普段の授業を見ていても、生徒の理解を一つずつ確認しながら丁寧に指導しています。
パレットには中学受験の勉強をしている生徒も多く通っていますが、中学受験の算数は「問題を解ける」だけでは教えにくい教科の一つです。
小学生はまだ方程式を習っていません。負の数も習っていません。
逆算や特殊算などを使って、結果的には方程式に近い考え方をすることはありますが、中学生や高校生と同じ方法で説明するわけにはいきません。
講師自身は、その図形の問題の答えを出すことはできました。
しかし、少し困った様子で私にこう言いました。
「ここの長さを求めようとするとルートを使わないといけないから、この解き方ではないんですよね?」
そうなのです。
自分が解いて答えを出すのではなく、小学生が今までに習ったことを使って解ける方法を探さなければなりません。
私は問題を見て、
「おそらく図形の移動を利用します。等積変形を利用できそうなところはありませんか?」
と伝えました。
しばらく考えたあと、講師が図をかき始めました。
「こことここが合同な三角形で、ここが共通部分だから、この二つは形は違っても面積は同じになる」
そこから一部分を移動させ、最終的には求めやすい図形の面積に置き換えていきました。
しかも、生徒があとから見てもわかるように、同じ部分を色分けし、矢印を使って移動する場所を示し、文章でも説明を書いていました。
ほんの少しヒントから、小学生にもわかる説明にここまで組み立てていくのを見て、とても感心しました。
本人はあとから、
「最初は積分を使って解くことしか思いつかなかった」
と言っていました。
積分を使える人が、積分を知らない小学生にどう教えるか。
そこに、「問題が解ける」と「教えられる」の違いがあると考えています。
「九九はできる」を、もう一歩確かめてみる
同じ講師には、夏期講習中、低学年の生徒を担当してもらう機会も多くありました。
ある日の授業のこと。
算数の計算で何度も止まっている生徒に、
「七の段を言ってください」
と声をかけていました。
生徒は初め、「言えるよ」という得意そうな顔をしていました。
ところが、言い進めるうちに少しずつ怪しくなり、表情も「まずい」という顔に変わっていきます。
やはり途中でつまずきました。
すると講師は、
「7×4は28だよ」
と、やさしく教えていました。
少し構えていた生徒も、安心したような顔をしてその先を続けていました。
もし最初に、
「九九は覚えている?」
と聞いていたら、その生徒はきっと「覚えている」と答えたと思います。
でも、「七の段を言ってみて」と一歩踏み込んだから、どこでつまずいているのかが見つかりました。
できないことを見つけて指摘するためではなく、どこから一緒にやればいいのかを見つけるために確認する。
個別指導では、こうした問いかけがとても大切です。
計算でつまずく生徒への声のかけ方については、「中学受験で計算ができない原因は?『できた!』に変わる教え方と伸ばし方」でも紹介しています。
教える力は、指導経験だけでは決まらない
別の講師について、ある生徒からこんなことを言われたことがあります。
「あの先生は、私が英語でわからないところがなぜかわかる。そこをピンポイントで教えてくれるから、わかりやすい」
この講師は英語がとても得意ですが、指導経験はまだそれほど長くありません。
それでも、生徒がどこでつまずいているのかを見つけ、必要なところまで戻って説明することができます。
授業を見ていると、英語を感覚だけで捉えるのではなく、文の構造や文法を一つずつ整理して理解しているからこそ、生徒にも一つずつ分けて説明できるのではないかと感じます。
自分が「なぜそうなるのか」を理解していれば、生徒がどこでわからなくなったのかを探すこともできます。
もちろん、指導経験を積むことで増えていく引き出しもあります。
「この間違い方なら、ここがわかっていないのかもしれない」
「この説明で伝わらなければ、別の説明をしてみよう」
そうした引き出しは、生徒を指導する中で少しずつ増えていきます。
しかし、教える力は指導経験の長さだけで決まるものでもありません。
講師たちの授業を見ていると、そう感じることがあります。
教える側も、教えながら学んでいる
私はこれまで長く生徒を指導してきましたが、
「ここがわからないんだ」
と、生徒から気づかされることが今でもたくさんあります。
自分の中では自然につながっていることでも、生徒にとっては、その途中にわかりにくいところがある。
そのポイントを見つけるたびに、
「次からはここをもう少しかみ砕いて説明しよう」
「ここがわからない生徒が他にもいるかもしれないから確認しよう」
と、自分の指導にも取り入れてきました。
私は生徒に勉強を教えながら、自分自身もずっと学んでいます。
教え始めた頃と比べると、私自身の理解が深まった単元がいくつもあります。
そして、学ばせてもらうのは生徒からだけではありません。
講師が生徒に説明しているのを聞いて、
「その教え方、わかりやすい!」
と思うことは何度もあります。
実際、その後の自分の指導で真似させてもらった説明もあります。
その一つが「自然数」の教え方です。
「小さい頃、お風呂に入って『10数えたら上がろう』って言われたことない?」
「ある」
「どうやって数えた?」
「1、2、3……」
「そうでしょ。0から数えたことないでしょ。1、1.5、2……とも数えなかったでしょ。そうやって自然に数えてきた数が自然数だよ」
これを聞いたとき、
「なるほど!」
と思いました。
「自然数とは何か」という定義をただ覚えさせるのではなく、その子がすでに持っている経験に結びつけて説明する。
これも「かみ砕いて教える」ということなのだと思います。
※中学校の数学では、1、2、3、……のような正の整数を自然数として学びます。
指導歴が長い人から短い人へ、一方的に教え方を伝えるだけではありません。
私自身も講師たちの授業から学び、いい教え方はどんどん真似しています。
生徒から気づかされることも、講師から学ぶことも、すべて次の指導につながっていきます。
教える側も、教えながら学び続けているのだと思います。
講師の指導を支えるのも、塾長の役割
私は、講師がどのように教えているかをかなり見ています。
というより、少し離れたところにいても、耳をダンボにして聞いています。
特に指導経験の浅い講師は、どの学年で何を習うのか、どこまでが既習範囲なのかを、まだすべて把握できているわけではありません。
そのため、授業を聞いていて、
「それはまだその生徒は習っていないです」
と私がフォローに入ることもあります。
生徒の「わかりました」の一言で説明を終えようとしている場面で、
「本当にわかった? じゃあ説明してみて」
と声をかけることもあります。
そこで生徒が止まったら、どこまでは理解できているのか、どこからわからなくなったのかを一緒に確認します。
すると講師にも、
「ここまではわかっているけれど、ここの意味がわかっていない」
ということが見えてきます。
講師の指導が生徒にきちんと届くように、必要なところでフォローすることも、塾長である私の大切な役割だと思っています。
「わからない」を小さく分けていく
たとえば、中学生が連立方程式の速さの文章題で止まっていたとします。
「わからない」
だけでは、何を説明すればいいのかわかりません。
そこで、「速さの公式は?」と聞いてみる。
公式は言える。
では、「xは何を表しているの?yは?」と聞いてみる。
ここで止まることがあります。
あるいは、xとyが出てきた途端に、
「速さ÷時間+速さ÷時間=道のり」
のような、公式にはない式を作ってしまうこともあります。
「速さ÷時間って、速さの公式にあった?」
と聞くと、「あ、ない」と気づく。
それでもまだ、自分で式を作るところまではいかない。
そんなときは、
「じゃあ、まず道のりを表す式を一緒に作ってみよう」
「ここまでできたね。じゃあ時間を表す式は自分で作れるかな?」
と、一段ずつ進みます。
xやyは、慣れていない生徒にとってなかなかの厄介者です。
それまでわかっていたはずのことまで、xとyが出てきた途端、魔法にかかったようにわからなくなることがあります。
そんなときに急ぎ足で先へ進んでも、足がついてきません。
一歩ずつ。
「ここはわかる?」
「じゃあ、ここは?」
「ここまでは自分でできそう?」
そうやって「わからない」を小さくしていきます。
時間がかかることもあります。
それでも、一つずつ確認していって「あ、わかった」とつながる瞬間があります。
私は、そこまで一緒にたどっていけるのが個別指導のよいところで、その時間がとても好きです。
以前のコラム「逆算はできるのに、なぜ分数で止まるのか?」でも、生徒がどこでつまずいているのかを探しながら指導した例を紹介しています。
教える力とは
難しい問題を解けること。
たくさんの知識を持っていること。
指導経験が豊富であること。
どれも講師にとって大切です。
でも、それだけではなく、
目の前の生徒がどこまでわかっていて、どこからわからなくなったのかを見つけること。
そして、その子が今持っている知識や、理解できているところまで戻って、わかる形にかみ砕くこと。
さらに、「わかりました」で終わらせず、本当に自分でできるところまで確かめること。
それも、教える力なのだと思います。
「どこがわからないかわからない」
なら、一緒に探せばいい。
その「わからない」を見つけるところから、個別指導は始まっています。
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