授業をしていると、「問題文をよく読んでね」と声をかけることがよくあります。
一度自分で問題を読んで答えを書いたけれど、間違っている。
そこで、
「もう一度、問題文をよく読んでみようか」
と声をかけます。
もう一度問題文を読んで、答えを書き直す。
それでも、最初と同じような間違いをしてしまうことがあります。
こういうとき、生徒たちは問題文を読んでいないわけではありません。
目では文字を追っています。
しかし、書かれていることの意味を理解しながら読んでいるかというと、そうではないことがあります。
「問題文を読む」と「問題文を理解する」は、同じではないのだと思います。
「よく読む」は、もう一度文字を追うことではない
「問題文をよく読んで」と言われると、最初からもう一度読み直す。
それ自体は間違っていません。
しかし、最初に意味を理解せずに文字だけを追っていたのであれば、同じ読み方でもう一度読んでも、なかなか答えは変わりません。
何について書かれているのか。
何を聞かれているのか。
どの情報が必要なのか。
どのような形で答えるのか。
そうしたことを考えながら読む必要があります。
文章の中で「誰が、どうしたのか」を整理しながら読むことについては、以前の「誰が、どうした」をつかめないというコラムでも取り上げました。
また、問題文を最後まで読まずに答え始めてしまう生徒も、しばしば見かけます。
途中まで読んで、
「あ、わかった」
と答えを書き始める。
私はそんな様子を見るたびに、「クイズ番組の早押しじゃないんだから」と心の中で苦笑いをします。
問題文には、最後まで大切なことが書かれています。
「記号で答えなさい」
「二つ選びなさい」
「理由も書きなさい」
「本文中の言葉を使って答えなさい」
こうした指示まで読まなければ、「何を、どのように答えるのか」を正しく理解することはできません。
途中で「わかった」と思っても、そこで読むのをやめず、まずは最後まで読むことが大切です。
「きせつをあらわすことば」と答えた小学生
以前、小学校低学年の生徒が国語の問題を解いていたときのことです。
その生徒は、教科書とは別の文章を使った、少し難しい問題に取り組んでいました。
ある俳句について、「この俳句の中から季節を表す言葉を答えなさい」という問題がありました。
その生徒が書いた答えは、
「きせつをあらわすことば」
でした。
さらに、「この俳句」がどれを指しているのかもわからない様子で、本文の中を一生懸命探しています。
「この」という言葉が何を指しているのかわからなかったのか、「俳句」という言葉自体がわからなかったのか、それとも文全体の意味をつかめなかったのか。
まだ語彙の少ない低学年の生徒ですから、本人も「自分が何をわかっていないのか」をうまく説明できません。
そこで、私が問題にある俳句を読んで、
「これはどの季節の俳句だと思う?」
と聞いてみました。
すると、
「夏」
と答えます。
「どうして夏だと思ったの?」
と聞くと、
「かえるって書いてあるから」
と答えました。
つまり、「かえる」から夏という季節を連想することはできています。
※本来「かえる」は春の季語です。生徒にも解説をしました。
本文には「季節を表す言葉」についての説明もきちんと書かれていました。
それでも、その説明を意味として理解しながら読めていなかったのでしょう。
一つひとつを見ればわかっていることが、文章の中に入ると意味としてまとまらない。
子どもたちを指導していると、こうした「読んでいるけれど、理解できていない」場面に出会うことがあります。
以前、「本を読んでいるのに読めないのはなぜ?」というコラムでも、「読んでいる」のではなく「追っているだけ」になっている子どもたちについて書きました。
高校数学でも同じことが起きる
こうしたことは、小学生だけに起こるわけではありません。
高校生の数学を指導していても、同じような場面があります。
数学Aの「場合の数と確率」が苦手だという生徒に多いのが、公式以前に、問題文に書かれている状況を理解できていないケースです。
たとえば、
「5人の中から、委員長・副委員長・書記を1人ずつ選ぶ」
という問題があったとします。
この文章を読んだとき、
5人の人がいる。
役職は委員長、副委員長、書記の3つ。
それぞれの役職に1人ずつ選ぶ。
という場面を頭の中に思い浮かべることができれば、その先の考え方につながります。
ところが、問題文を文字として追っているだけだと、そもそも何が起こっている問題なのかが見えてきません。
「Pを使うの? Cを使うの?」
というところで止まってしまいます。
以前、「PとCを覚えたのに解けない?」というコラムでも書きましたが、公式を覚える前に、まず問題がどのような場面なのかを理解することが必要です。
問題文から条件を一つずつ取り出し、それを整理し、頭の中で状況をつくる。
数学の文章題を解くためにも、「読む力」は必要です。
「聞かれたことに答えるんだよ」
私は生徒に、
「聞かれたことに答えるんだよ」
とよく言います。
自分が答えたいことや思いついたことを書くのではなく、まず「何を聞かれているのか」を考える。
もちろん、問題文をうまく理解できない生徒に、この一言だけで伝わるわけではありません。
それでも、何を問われているのかを理解することは、自分で考えるためのスタート地点です。
どれだけ知識を持っていても、問いがわからなければ、その中から何を使えばいいのかを判断することはできません。
面接でも「聞かれたことに答える」
これは、学校の勉強だけの話でもありません。
受験の面接指導でも、私は同じことを伝えています。
面接の練習をしていると、質問に対して、自分が準備してきた内容を一生懸命話そうとすることがあります。
覚えてきたことをきちんと言えた。
たくさん話せた。
だからうまく答えられたように感じる。
しかし、面接官が聞いたことへの答えになっていなければ、どれだけ立派な内容を話しても十分な回答とは言えません。
まず相手の質問を聞く。
何を聞かれているのかを理解する。
そのうえで、自分の考えを答える。
小学生が国語の問題を解くときも、高校生が数学の文章題を解くときも、受験生が面接を受けるときも、根本にあるものは意外と同じなのだと思います。
「問題文をよく読んで」で終わらせない
では、問題文を理解できていない生徒に、どう声をかければよいのでしょうか。
私は、すぐに答えや解き方を教えるのではなく、
「この問題は何を聞いている?」
「いくつ答えるの?」
「記号で答える? 言葉で答える?」
「わからない言葉はある?」
「これはどんな場面?」
など、一つずつ問いかけることがあります。
最初からすべてを自分で整理するのが難しければ、一緒に問題文を分解していきます。
そうすると、「あ、ここに書いてある」と気づくことがあります。
大切なのは、そのやり取りをいつまでも先生と一緒にすることではありません。
最終的には、
「何を聞かれている?」
「どんな条件がある?」
「わからない言葉はない?」
と、自分自身に問いかけながら読めるようになることです。
文字を「読む」から、意味を「理解する」へ
問題文を読むことは、ただ文字を目で追うことではありません。
書かれている言葉の意味を考え、どのような場面なのかを想像し、与えられた情報を整理し、何を問われているのかを理解する。
そこまでできて、初めて問題を解くための準備が整います。
「問題文をよく読んでね」
私自身、これからもきっと何度も生徒に言うと思います。
ただ、「よく読むって、どういうことだろう」というところまで一緒に考える必要がある生徒もいます。
何度読んでもわからないときは、読む回数が足りないとは限りません。
文字を追うところから、意味を理解するところへ。
そして、
「この問題では、何を聞かれているんだろう」
と自分で立ち止まって考えられるようになること。
それが、教科を問わず問題を解くために必要な「読む力」の一つなのだと思います。
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