「ヤバい」で会話が成立する時代
子どもたちの会話を聞いていると、「ヤバい」という言葉を本当によく使います。
遅刻しそうでも「ヤバい」。
テストが難しくても「ヤバい」。
おいしいものを食べても「ヤバい」。
おいしくなくても「ヤバい」。
嬉しくても「ヤバい」し、
嫌でも「ヤバい」。
しかも、会話がそれで成立してしまうんですよね。
「昨日の動画、ヤバくなかった?」
「え、マジでヤバいよね」
これで通じている。
もちろん、「ヤバい」という言葉そのものを否定したいわけではありません。
実際、40代くらいまでなら普通に使う人もかなり多いと思います。私自身も使います。
一方で、60代以上になると、
「危ない」「まずい」
といった、本来の意味に近い感覚で使う人のほうが多いかもしれません。
つまり、「ヤバい」は世代を超えて、長い年月をかけて広く浸透してきた言葉なのです。
だから、問題なのは「ヤバい」という単語そのものではありません。
私が少し気になっているのは、一つの曖昧な言葉だけで会話が成立してしまうことです。
会話は「空気」で補えてしまう
対面の会話って、実は言葉だけで成り立っているわけではありません。
表情、声のトーン、話す速さ。
同じ「ヤバい」でも、
「えっ、ヤバい!」なのか、
「……ヤバい(笑)。」なのかで、意味は全然違います。
つまり、私たちは無意識のうちに“空気”で意味を補っているのです。
だから、多少言葉が曖昧でも通じます。
しかし、文章は違います。
文章には、声も表情もありません。
書かれている言葉そのものから、意味を読み取らなければいけない。
ところが最近、「なんとなく」で読み進めてしまう子がかなり増えているように感じます。
「読めている」と「理解している」は違う
以前のコラムでも書きましたが、「読んでいるのに内容がつかめない」という子は本当に増えています。
文字は追えているのです。
音読もできる。
ただ、内容は頭に入ってこない。
そんな場面を、実際の授業の中でかなり見ます。
読解が苦手な子というと、「語彙力がない」と思われがちです。
もちろん、言葉を知らないケースもあります。
しかし、実際には、それ以上に多いのが、“言葉を深く考えずに読み進めてしまう”ケースです。
たとえば説明文を読んでいても、
「つまりどういうこと?」
「この“しかし”は何と何を比べている?」
「この言葉は何を指している?」
こういうことを意識せずに、なんとなく読み進めてしまう。
すると、「読めているつもり」なのに、内容がつかめなくなります。
文章を読む力って、単に速く読む力ではないのです。
「この言葉、どういう意味だろう」
「なんでここでこの表現を使ったんだろう」
そんなふうに、一度立ち止まって考える力なのだと思います。
「わからない」を言語化できない
「わからない」と言うこと自体が苦手な子もいます。
しかし、実際に見てみると、本当に全部わからないわけではないことが多いです。
「全部わからない」
そう言うので、実際に解いてもらう。
すると、途中まではできていることがよくあります。
問題文の意味はわかっている。
式は立てられている。
でも、計算の途中からやり方がわからなくなってしまった。
つまり、本当に全部わからないわけではないのです。
ただ、自分がどこでつまずいているのかを、うまく言葉にできない。
これは、読解でも同じです。
「文章が読めない」というより、
どの言葉で止まったのか。
どこから意味が曖昧になったのか。
そこを整理できないまま、読み進めてしまうのです。
逆に、
「ここまではわかる」
「この言葉の意味が曖昧」
「この式変形だけわからない」
と説明できる子は、理解が深まるのも早い印象があります。
パレットで大切にしていること
個別指導Paletteの授業では、
「どうしてそう思ったの?」
「どこまでわかってる?」
「今解いた問題、先生に説明してみて」
と、生徒自身に説明してもらうことがよくあります。
すると、自分では「わかった」と思っていたことが、説明しようとすると意外と曖昧だったことに気づきます。
逆に、自分の言葉で説明できることは、本当に理解できていることが多いです。
だから私たちは、「答えが合っているか」だけではなく、「どう考えたのか」もかなり大切にしています。
生徒がどう説明するかを聞くと、
どこまで理解しているのか。
どこで止まっているのか。
何を勘違いしているのか。
それがかなり見えてきます。
結局、言語化なのです。
最近は、「考える力」が大事だと言われます。
しかし実際には、考えたことを言葉にできないと、自分が何を考えているのかすら曖昧なままになってしまう。
だから、
「どうヤバいのか」
「何がわからないのか」
「なぜそう思ったのか」
それを、自分の言葉で説明してみる。
遠回りに見えるかもしれませんが、
その積み重ねが、読解力にも、思考力にも、本当の理解にもつながっていくのだと思います。
初めからうまく言語化できなくてもいい。
言葉がわからなければ、そこからサポートします。
間違ったら直せばいいのです。
少しずつ、自分の想いや考えを、相手に伝えてみてください。
「ヤバい」で終わらせずに、
その先を言葉にしてみる。
そこから、
読解力も、思考力も育っていくのだと思います。





